TAM Music Factory
特別企画Vol.3 2002春



 
春の吹く場所で 作 Ryoさん 

今では廃校となってしまった学校の屋上で。
夕暮れに紅く染まった空の下、僕は君と再会した。
この町を出ていって…つまり君と別れてからすでに5年たっている。青いペンキの塗られていた
フェンスはところどころ錆びていて、ちょっとした風にもかしゃかしゃ音をたてる。
君は昔と変わらぬ姿で、あの時と同じように優しい微笑みを顔に浮かべていて……。
5年前の春。僕が親の都合で引っ越すことになって、一人この屋上で落ち込んでいた時。
新しい土地への移動に対しての不安。住みなれた家を離れる寂しさ。そしてなにより君と別れる
辛さで身が引き裂かれそうだった。
そんな僕を見かねた君はそっと横に座って、ちょうど今の君のように微笑んでいた。
その天使のような微笑みに、僕はいつから恋を覚えていたのか。
柔らかい日差しと優しい風の吹く中、僕は君に告白した。
今でも覚えてる。あの時の僕の顔は真っ赤で、君の顔も真っ赤だった。
僕が返事をくれるように促すと君はにっこり笑い、言葉のかわりに僕にキスをした。
そんな二人を、春の風はいつまでもいつまでも包んでくれていた。
……それから、二人の間に連絡はなかった。何度と無く手紙を送ろうとした。
けれど、もし、君に新しい恋人がいて、それを君から直接伝えられたら。そう思うと怖くなってとてもその手紙を送れなかった。
君から手紙がきたら…その時は、と待ちつづけて5年が過ぎていた。
とうに、僕のことなんか忘れて、新しい恋人を見つけて幸せにやっているものと思っていた。
それなのに君はずっと僕の事を待っていてくれた。
昔二人でいった駄菓子屋さんのおばあさんに君の話を聞いたときは、涙で前が見えなくなった。
今も、そうだ。夕暮れのまだ少し寒いこの空の下。君の頬は夕日であの時のように真っ赤に映っている。
君はその綺麗な腕を僕に差出し、憂いを帯びた微笑を浮かべて言った。
「お帰りなさい」
愁いを帯びた、美しい言葉。
目の前が涙でぼやける。声をあげて泣き出したいのを我慢して、僕はゆっくりと首を横に振り、
君と同じように微笑み、そして言った。
「さようなら」
君は少し悲しそうに微笑み、ゆっくりと瞳を閉じた。
そしてもう一度だけ微笑んで、君は夕暮れの中に消えていった。
僕は君が立っていた場所に一つの花束を置いた。君の好きだったフリージアの香りが漂う。
風が吹いた。優しく、清々しい風だ。
僕は身を任せるようにゆっくりと目を閉じる。遠くから君の声が聞こえたような気がした。
君と別れたあの日から。
僕の止まっていた春は、今、やっと時を刻みはじめようとしている。
寂れた屋上に、春が吹き抜けた。

music by tam(2002.5.17公開)
曲はフリーMIDI素材です。春イメージのページからダウンロードできます。

作者のコメント:今回、面白そうな企画があったので書いてみました。今見ると少しへんなところが ありますが、これはこれで初々しさが表現されているかなと(汗 他の方の作品と比べれば見劣りするかも知れませんが、読んでくださった皆様、そし て素敵な曲をつけてくださった多夢様。ありがとうございました♪ by Ryoさん 2002.5.15
曲を作るにあたって:とても切ない恋物語…。曲としては、2人のぞれぞれの微妙な想いを想像しながら、そして2人にとって新たなスタートが切れますように…と願いもこめて作成しました。イントロとエンディングのオルゴールは、5年前と今吹く春を表現して言います。 by tam 2002.5.16
 

特別企画Vol.3のページへ